こうでないと議論にならない

 まずどこがズレているのかがわかる。プロローグは取説ではない。

 単にリセットへ整合性を持たせるためにこちらが若干の物語を付与しているに過ぎない。誰が主人公なのかもどこの国なのかも不明確、内容が極めて抽象的というのは、完全にこちらの意図通りであって、何故ならそれは勢力関係の説明という任をプロローグが負ってはいないからだ。

 世界の崩壊というのは古今東西あらゆる物語で使い古されており陳腐化するのも当然だろう。別にネーミング自体僕ではないので知ったこっちゃないが、想像を膨らませる程度に無難な名前ではあると思っている。一体箱庭ごときにどれほど重厚なネーミングセンスを要求されているのかを伺い知る余地もないが。

 ついでに言うとプロローグはルールですらない。誰もプロローグを守らせる気はない。LAなんざ知らなくともゲームは進行する。とはいえ、じゃあ無駄だから削ぎ落とせ、というのはなんとも味気のない話である。

 厨設定しちゃったのはLAのせいっていうロジックをまず放棄しないか。現在の情勢をいかにわかりやすくまとめるかというのは箱国の重要課題であり、何らかの形で書き起こしてもまた修正の必要があろうし、報道機関や会議場の最新記事を集約するにも腐心したが、無駄な情報を削いで対立関係のみをできる限り早く書き手の負担をなくして明確に図式化し、誰にでもわかりやすく情勢を完全に理解できる、という段階に達しているとはまだ言い難い。そういう意味では、ねじしき氏の提案は十二分に理解できる。要するに何でもかんでも詰め込めばいいってもんじゃない。